New York の地下鉄に住む微生物のお話.

はじめまして,慶應義塾大学4年の伊藤光平と申します

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以下のアドベントカレンダー用の記事になります.

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今回は以下の論文を読みました!

https://www.cell.com/fulltext/S2405-4712(15)00002-2

  

タイトル:

Geospatial Resolution of Human and Bacterial Diversity with City-Scale Metagenomics

 

著者:

Ebrahim Afshinnekoo, Cem Meydan, Shanin Chowdhury, Jane M. Carlton, Shawn Levy, Christopher E. Mason

 

忙しい人のための論文ハイライト:

・地下鉄の表面に存在するすべてのDNAのうち,半分は未知の生物でした.

・数百種の細菌が地下鉄に存在しており殆どが無害です.より多くの地下鉄の利用者がより多くの多様性をもたらします.

・ハリケーン・サンディの影響で洪水が起きた1つの駅は,依然として細菌群集が海洋環境に似ています.

・採取したDNAのうちヒトの対立遺伝子は,アメリカの人口統計データを反映していました.

 

背景:

微生物は,様々な環境に存在しておりヒトの健康や疾病において不可欠な要素になっています.世界の人口の54% が都市部に住んでおり,空気に焦点を当てて大都市圏の環境シーケンスが行われています.ニューヨーク市(以下:NYC)は,アメリカ最大かつ人口が高密度であるため,大規模なメタゲノム研究を実施するのに理想的な地域です.NYC地下鉄年間17億人が利用する世界最大の大量輸送システムです(これは駅数的なお話で,駅あたりの利用人口は日本がぶっちぎりです).この広大な都市の生態系はバイオテロリズム,環境破壊,疾病の拡大などから保護されるべきです.本研究では,NYC地下鉄における微生物などをはじめとするDNAを調査し,潜在的なバイオ驚異を特定し,スマートな都市づくりを実現するための第一歩と位置づけられています.

 

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Fig1. The Metagenome of New York City

A: NYCの5つの区域をマンハッタンブルックリンクイーンズブロンクススタテン・アイランドにわけています.

B: NYC地下鉄24路線466箇所から3分間綿棒でこすってサンプリングし,メタデータを入力し,GPS-tag, タイムスタンプをプロットしています.

C: 実験・解析のワークフローを示しています.

D: 採取されたサンプル全体から同定された分類群の分布を示しています.

E: 一般的に見られるPseudomonas 属の高密度な場所を示しています.

 

結果:

Fig1D にあるように配列の約半数(48.3%)が既知の生物と一致しないことを発見しました.配列の大部分は細菌(46.9%),続いて真核生物(0.8%),ウイルス(0.03%),古細菌(0.003%)およびプラスミド(0.001%)でした.Table1 のように,NYC地下鉄に最も多く存在している細菌種はPseudomonas stutzeri であり,マンハッタン南部に高密度に存在し,続いてEnterobacter, Stenotrophomonas からの細菌株が豊富に存在していました.

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Table1. Summary of Top Taxa Per Kingdom

 

交通量の多い地域や接触の高い地域からのサンプリングにかかわらず,BWAを使用して平均0.2%しかヒトゲノムにマッピングされていないことがわかりました.本研究では,2010年のアメリカ人口統計データ(http://demographics.coopercenter.org)を使用してサンプリングデータがGPS座標で示された地域とその地域の人口統計データを比較しています.

 

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Fig2. Human Ancestry Predictions from Subway Metagenomic Data Mirror Census Data

1000 Genomes Projectと祖先予測をしてくれるAncestryMapperを用いて,高精度の人口統計を再現できました.BおよびCでは人口統計データと一致するアフリカの対立遺伝子の増加が予測され,ブロンクス(Mount Eden)の主なヒスパニック地域でも同様の傾向が観察されました.

 

次に,今回のサンプル(Fig1C)で同定された細菌の組成を調べたところ,NYC地下鉄に見られる細菌の大部分(57%)がヒトの疾患に関連していないことがわかりました.種レベルで検出された分類群のうち12%がYersinia pestis (ペスト菌)およびBacillus anthracis (炭疽菌)のゲノムに一致する断片を含む既知の病原菌でした.これらの分類学的割り当てをさらに詳しく調べるために,BLASTとMetaPhlAn によって検出された種のみを,疾病管理センター(CDC)およびPathosystems Resource Integration Center (PATRIC) の既知の病原リストと比較しました.そうしたところ,大腸菌の大部分の系統は良性であり,これらの配列がBLASTとMetaPhlAnの分類学的割り当てによって注釈された微生物由来ではないことがわかりました.

 

生きた微生物が地下鉄の駅から培養できるかどうかを調べるために2つの実験を行いました. 地下鉄のサンプルを4種類のLB寒天培地に移し,生存可能な細菌を確認しました (Fig4A).培地の種類は,コントロール1つ,抗生物質3つ(カナマイシン,クロラムフェニコール,アンピシリン)です.同じ駅から採取した微生物を試験すると,28%は抗生物質耐性コロニーを生じました.地下鉄の細菌には多くの生きている細菌群集が存在することと同時に,それらの一部が一般的に使用される抗生物質に対する耐性を持っているということも示しています.

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Fig4. Live Strains of Antibiotic-Resistant Bacteria Cultured from City Surfaces

A: 1つのコロニーを4枚の培地にまき,カナマイシン,クロラムフェニコール,アンピシリンの3つの抗生物質について試験しました.2つの抗生物質に体制があり,抗生物質の存在下でさえも増殖を示した5つのプレート(ピンク丸)を見出しました.

B: スワブとLB培地およびTSA培地から培養し配列決定され見つかった種数.

C: テトラサイクリン耐性遺伝子のカバレッジを元のサンプルに対する Tet + サンプルの比として計算しlog2比をヒートマップとしてプロットしています.

D: 培養したそれぞれのサンプルにおける各tet遺伝子のカバレッジの分布は,tetX遺伝子上で収束していました.

 

交通量の多い駅(グランドセントラル駅,タイムズスクエア駅)が最も群集の多様性が高いことがわかりました(Fig4B).また,TSA培地,LB培地を用いてテトラサイクリン耐性遺伝子を29種観察し,テトラサイクリン処理前後のサンプルにおけるこれらの遺伝子のそれぞれのカバレッジを比較しています(Fig4C).両方の培地において最も有意に増加した耐性遺伝子tetK が存在しており,他のすべての遺伝子(t検定,p = 0.003)と比べて有意に多いことがわかりました(Fig4D).この遺伝子はテトラサイクリン耐性表現系の既知の遺伝的要因であると知られています. 

 

地下鉄表面に生息する微生物を詳細に知るために,Human Microbiome Project (HMP) のアノテーションを用いました.NYC地下鉄のデータは,皮膚,腸内,ひ尿生殖路に関連していることがわかりました(Fig5A).

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Fig5. Taxa Diversity and Association with Human Body Areas

A: HMPデータと一致した67種のPathoMap種のうち,皮膚,腸管,ひ尿生殖路の割合が最も高かったです.

B: HMPのデータベースに登録されっているサンプル比率を考慮し,観測された種数と予測された種数のlog2を計算し皮膚で高頻度に観測される細菌がNYC地下鉄で最も優勢な細菌であることが示されました.

C: 地域ごとに見つかった種数の箱ひげ図です.

D,E: Enterococcus faecium およびStaphylococcus aureus の密度を示すNYCのヒートマップ.小さな赤い点は,mecA遺伝子の存在を示しています.

F: ハリケーン・サンディ中に浸水した地下鉄駅の分析です.10種のユニークな細菌がいました.

 

微生物群集の持続性を計測するため,平日の1時間に3回Penn 駅のサンプリングを行い分析しました.PseudomonadaceaeEnterococcaceae およびMoraxellaceae のような特定の分類群があらゆるタイムポイントで多く見られていることを明らかにしました(Fig6A).また,1日の間に特定の属において高度の変動が観察されました.Pseudomadaceae は11:00~13:00の間に最大の豊富さを示し,Moraxellaceae は17:00に最大になっていました.

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Fig6. Hourly Dynamics of a Train Station Microbiome

1時間毎にPenn 駅で採取されたサンプルの分析結果.

A: 特定の時間における存在割合に対する分類群の比例分布.各線の太さは検出された分類群の数に線形に比例しています.

B: 各タイムポイントにおける細菌分類群(属レベル)の割合.最大種数(n = 64)は13:00に,最小値(n = 51)は11:00になっており,プロットの幅に比例しています.

 

 これらのデータをMTAデータと8時間単位で比較したところ,駅の利用者の増加に対応して,日中に収集されたDNA量が増加することもわかりました.しかしこれらの傾向はどれも細菌の多様性とは有意に関連していませんでした(Fig6).

 

議論:

以前のメタゲノム研究は対象地域に焦点を当てていましたが,本研究では都市規模でのヒトと微生物の多様性の分布を明らかにしました.そのようなデータは,正常な細菌群集と潜在的な病原体のベースラインを定義しているため,健康の観察と潜在的な疾病の検出に重要なデータです.これらのデータはNYC地下鉄が安全であると示しています

最近の研究で,家庭の微生物群集は家族によって特定の群集組成を示し,個人とともに移動することが示されています.しかし,地下鉄のような大量輸送システムの場合,細菌群集の組成は具体的に明らかになっていませんでした.これらのデータはハリケーンのような洪水現象などが地下鉄駅に長期で影響を与える可能性があることを示しています.

Penn 駅での時間帯による細菌群集の変化は,毎時でさえ通勤者の周りを絶えず移動している膨大な細菌の生態系が存在していることを示しています.

理想的には,これらのデータを大量輸送システムにおいて微生物の動向を監視するために利用できそうです.しかし,これを実現するためには参照するデータベースが拡大すること,データの意味付けを助けるための他の都市における微生物プロファイルも必要になってきます.最後に,さらに高速にリアルタイムに,都市のメタゲノムと大量輸送システムの特徴づけがあらゆるシステムの摂動に対する応答速度を更に軽快にすることができ,数百万人の人びとの生活に影響を与える可能性があります.